誰がクラウドを手におさめるか

秀逸なクラウド・コンピューティング論。

What will become increasingly critical is providing cloud consumers with a spectacular user experience, something nobody does better than Apple. While I realize the company is not strictly focused on cloud computing today, imagine a scenario in which it leverages the success and elegance of iTunes ― essentially a cloud for selling digital media ― to other markets. I can foresee a cloud computing environment where Apple allows users to build applications using their user interface templates and designs; every application developer that strives to make their application “as sexy as iTunes” could leverage this infrastructure.

なぜ秀逸かというと、アップルをクラウド・コンピューティングの旗手として論じてきたひとはあまりいないからです。
この記事は今朝出てきてから、さっそく梅田さんがブックマークしてくれています。いつもながら、良質で明るい意志をもった記事を紹介してもらって、ありがたいことだなと思います。梅田さんのブックマークにははっきりとした意志がある。
ただし、わたしはこの記事にブックマークはつけていません。
理由は、この記事にはほかのひとの意見が引用されていないからです。わたしにとって、ブックマークをつけるときに大事にしているのは誰がほかの誰の引用をしているかという点です。ブログの特性がもっとも出やすいところだと思っています。
たとえば、誰にでも同じように受け止められる事実を、わかりやすく述べるのであれば、ウィキでもいいし、グーグル・サイトでもいい。あるいは新聞や雑誌に寄稿するとか。
自分の感想を短く述べるのであれば、ツイッターでもいいし、掲示板でもいい。
自分の感想を長く述べるのであれば、フェースブックミクシィでもいい。
だが読まれることを前提に、誰かの引用をしたい、それについて自分の感想も述べたいという場合、やはりブログ以上の場所は見つからないのです。そしてそのようなブログの特性に、ぴったりとはまるのがソーシャル・ブックマークだと思っています。
そこがわたしの考えている「すき間」で、このすき間にうまく風を呼びこむことはできるだろうかと検証作業をひたすらつづけています。というか、できると思ってやらないとつづかないので、そう思うことにしています。
梅田さんのような記事の選び方で、多くの人の役に立つ知的生産をすることはとても意味のあることです。わたしはそれを真似してきましたが、それとはちょっと違った行き方もあるのではないか、そんな風に考えています。
わたしのブックマークを見てもらうとわかると思いますが、誰が誰の引用をしたか、ということをコメント欄に記録しています。引用の引用、ということになります。これは、元ブログの作者に報酬が集まる仕掛けになるのではないかと思います。元の発言者がブログを書いていないとしても、すくなくとも名前を記憶してもらい、その人のグーグル上での時価総額を増やすことになる。そのようにして、なにかを書いた、発言したひとに報酬が集まるような仕掛けがうまく回りはじめれば、いいことはできるだけ早く言ってやろう、という雰囲気ができます。この場合の報酬とは自分のブログへのトラフィックだったり、あるいは仮想通貨かもしれません。いずれにせよ、ウェブ上で活動をつづける、あるいはプレゼンスを持っている人にとって、自分の活動を支援するものになります。
もっとも、このような仕掛けはすでに一部ではうまく回っている。たとえばマイスペースでファンをあつめて音楽活動をしているジョナサン・コールトン。ブログで書籍を紹介して作者に報酬がまわるような作業をつづけて自分も報酬を得る小飼弾さん。だがこれは限定的に、局地的に起きている現象で、ロングテールの尻尾のほうに位置するひとが「こんなのやってられないや」とあきらめてしまえば、そう長続きはしないかもしれない。それではどうすればいいか。
わたしはポイントを支払うとか、トラフィックを誘導するとかそういう報酬のありかたとはべつに、元の発言者のことばを流通させるという報酬のありかたもあってよいのではないか、そんなふうに考えています。自分のブログでささやかながら翻訳をさせてもらっているのも、そういう動機からです。できるだけ多くの人に、自分が「いいな」と思ったことばが伝わっていけばいいなという素朴な気持からきています。
ただブログの用途がほかのウェブ上のツールによって置き換えられるようになってきて、だんだんとブログの伝播する速度は落ちているような気がします。ただ記事を紹介するならソーシャル・ブックマークのほうが話が早い。関心の向きが似ているひと同士なら、フェースブックやフレンドフィードなどでもいい。そう考えると、わざわざブログとソーシャル・ネットワークの結びつきを強めるなどと言えば、「なにをいまさら」という具合に思われてもしょうがない。そう、わたしのやっていることは「なにをいまさら」なのです。それは一応自分でもわかっているつもりです。
ただ、ブログの出始めのころにあった、情報が活発に行き交い刺激しあって認め合うような雰囲気は、そんなに悪いものではないとわたしは思っています。そういう先鋭的な雰囲気はマス(大衆)にはなじまないのだ、という考えがあるのも認めますが、先鋭的な雰囲気と思われていたことを、当たり前にするというのは決して不可能なことではなく、これまでも世の中はそうやって進化してきたとわたしは思っています。
「それをもうすこし具体的なかたちにしてみる、そういう方法があれば君の言っていることもちょっとは理解できそうなんだけれどな」と思われている人もなかにはいるかもしれません。はい、それをいまひたすら考えつづけているのです。そしてそれは単純で無駄と思われる作業のなかからしか生まれないのではないかと思っています。なぜなら、効率のいい方法なら、いくらでも出てきているから。ブログとソーシャル・ブックマークのあとに出てきたものはいくらでもありそうです。ツイッター、フレンドフィード、ディグ、フリッカ、フェースブック、など。ではそのなかで個としてなにかを発言した人に、報酬がゆくような仕組み、言葉が流通していくような仕組みをつくるとしたら、どのようなものか。
自分の頭のなかに未熟なアイディアはいくつかある。だがそれを勢いのあることばにして、誰かを巻き込んでいくだけの原動力が自分にはあるのか。たぶん、もうすこしの時間と、もうすこしの人のつながりが要るのだと思います。
このクラウド・コンピューティングの記事を読んでいると、アップルという会社は独自の方法で、自分では「クラウド」ということば自体まったく使わずに、じつは周辺からじっくりと、それでいて抜け目なく最強のクラウドをつくる準備をしているように思えてきます。 できることならば、わたしの考えていること、つづけていることが、アップルがそうしてきたように、独自の方法で、表面づらのことばからは悟られないようなかたちで、周辺からじっくりと、それでいて抜け目なく準備していた、と後になってからそういう話にまとまるならばいいなあと思っています。