レムデシビルとヒドロキシクロロキン14
前回はDNAジャイレースとトポイソメラーゼIVという酵素、またDNAを構成するヌクレオチドについてかんたんに触れてみました。レムデシビルにも係わりが深いからです。今回はヒドロキシクロロキンに軸足を移してみるつもりです。
ツイート数からみる、レムデシビルとヒドロキシクロロキンへの関心の向き
前回から変動があったとすれば、ヒドロキシクロロキンへの言及が上昇傾向にあるということ。統計的にはばらつきの多いデータなので、過剰な期待はせずに見ていくことにします。
ヒドロキシクロロキンの効能のひとつ、抗マラリア薬としての役割について、少し振り返ってみます。
マラリアは感染症で、蚊を感染経路として、ヒトに重篤な症状をもたらす病気として20世紀に恐れられました。キニーネなどが定番の治療薬ですが、クロロキンおよびヒドロキシクロロキンは比較的副作用の少ない薬品として、採用されることも多かったようです。
では、このマラリアは、どういった疾病なのでしょうか。
https://ja.wikipedia.org/wiki/マラリア
マラリア原虫とよばれる細菌の増殖によって、ヒトが免疫機能として高熱を出します。いったんは熱が下がることが多く、しかし治らない場合は48時間おき、もしくは72時間おきという間欠の高熱を繰り返すという特徴があり、三日熱、四日熱とも称される理由だそうです。
もう少しくわしく知りたいと思って、右往左往しながらわかったことをここに共有します。
マラリア原虫はアスパラギン酸プロテアーゼという酵素をもつ
RNAポリメラーゼやDNAジャイレースが酵素で、DNA複製に係わる働きをすることは前回までに調べてわかりました。この、酵素というのは広い範囲を指し示す呼び名なので、それだけではわかりにくいと思います。
生物には細胞がたくさんあって、ヒトももちろんそうですが、細菌という目には見えないほど小さな生物であっても、細胞をもちます。この数が増えていく過程では、DNAの複製が必要です。細胞には設計みたいなものがあって、DNAにそれが欠かれているからです。
DNAの複製には、それを記録している二本鎖のうち、一本をほどく(あるいは切り離す)ことによって、同じようなものをつくりだすというプロセスがあります。
映画のフィルムを編集するようなもの、といえば伝わりやすいでしょうか。いまの映画はデジタルが中心なので、なかなかピンと来る方も多くはないかもしれません。
とにかく、酵素というのはフィルムをちょきちょき切り離したり、つないだりするときに使う工具のようなものです。
とうぜん、いろんな酵素があるわけですね。
その酵素のひとつが「プロテアーゼ」という話です。
Yahooで「アスパラギン酸プロテアーゼ」と検索してみると、上位1ページ目にはこのようなアドレスが出てきました。
これを内訳で覗き込んでみます。
みるかぎり、学術団体と行政機関のページが併せて過半を占めており、専門性の高い、あまり広く知られているとはいえないキーワードのようです。
プロテアーゼと組み合わせて検索されたワード
Yahooにおいては、「とは」「阻害薬」「食品」が上位に、Googleにおいては、「とは」「阻害薬」「食品」が上位に入っています。あまりなじみがなく、その意味を知りたいという関心の向きが強いようです。
このプロテアーゼですが、プラスメプシンという別名ももちます。正確にいえば、アスパラギン酸プロテアーゼという分類に含まれる、小分類。抗マラリア薬はこのプラスメプシンを標的として、より的確な原虫の増殖阻害が可能になるという認識が増えてきているようです。
いずれにしても、ヒドロキシクロロキンはプロテアーゼの不活性化をもたらす薬品です。
ということは、コロナウイルスへの適用は、酵素を不活性化するという点で何らかの有効性が期待されているため、と類推することもできます。
わからないのは、ヒドロキシクロロキンが抗マラリア剤としては耐性菌には効かなくなってきて、単独では使われる機会が減っているという事情です。
プロテアーゼの不活性化に役立つという利点は、そのままでしょう。しかし、マラリア原虫の性質からすると、赤血球に侵入して、発育期を経て蚊を介した感染が可能になる。ヒトはそのゆりかごのような分担を強いられる。
マラリアには効かなくなってきた=耐性菌の出現
こうしたヒドロキシクロロキンが、なぜ新型コロナウイルスには適用されやすかったのか。ひとつには、マラリアに比べて重症になる確率が低く、なおかつ感染力が強いという事情。
あまり効かないとはいえども、副作用も少ないヒドロキシクロロキンは、広く出回っていて、世界中に感染が広まってしまった以上、スピード勝負になるので、まずはトップバッターとして登場することになった。しかし、単独で効果がどの程度あるかは十分な判断材料がない。
併用されたのはマクロライド系の抗生物質。これはインフルエンザにも効くとされている。インフルエンザウイルスはマイナス鎖RNAウイルスで、新型コロナウイルスはプラス鎖RNAウイルス。ヒドロキシクロロキンはなぜ出番となったのか。
やはり、マクロライド系との「補完性」がまず念頭にあったと類推されます。そのうえで、入手可能性、副作用の少なさがとても強く影響した。効くかどうかは不明だが、プロテアーゼ阻害の抗菌薬は臨床研究が今後伸びるとされている。その、時間的空白を埋めるものが、ほかに見当たらなかったというのがいちばん理屈では通りそうな気がします。
あとがき
マラリアは地球の温暖化に係わりが深い病気で、まだ十分に抑え込めたとは言いがたい人類にとっての脅威です。しかし、マラリアを通じて普及してきたともいえるヒドロキシクロロキンが、新型コロナウイルスの治療薬としての可能性を秘めているのなら、結果として人類の前進にも役立つのかもしれません。そのためにはもう少し、つらくとも辛抱強い忍耐の時間が必要になります。マスクの着用と、亜熱帯にも近い都市部の夏はべつの意味で脅威ですが、感染のスピードを抑えつつ、治療薬の臨床件数を地味に積み重ねることが結局は近道という気がします。プロテアーゼはその正体がまだ見えていない部分もありそうで、研究の進展にもおおいに期待できると筆者は考えています。
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