Core 2 Duoがなければ、ひとりで会社をはじめることなど、考えもしなかった

ぼくが合同会社を作ったきっかけとして、どうしても欠かせないものがあります。それはCore 2 Duoです。Core 2 Duoというものが世の中に出てきて、どのくらいわたしたちの暮らしを変えることになるのか。それについて考えつづけてきました。少なくとも、ぼくの暮らしは大きく変わった。
Core 2 DuoとはコンピュータのCPUで、2006年7月発売。インテル社が開発、製造して世界中に売り出したとたん、おおいに売れ、コンピュータ産業に活気を取り戻す大きな源泉となった。これによってコンピュータを作る側も、買って使う側も、ともに元気になったと言えるかと思います。
2006年はそういう意味で大きな変化があった年ですが、日本でも大きな変化があったと考えます。梅田望夫さんの『ウェブ進化論』が出版され、これがおおいに売れた。インターネットが生まれ変わって大きく育つことを予言した本です。これが出てきたのは2006年2月で、梅田さんの予言「本当の大変化はこれから始まる」が世の中に伝わりはじめたときには、このCore 2 Duoは開発中でした。梅田さんの著書にはインターネットが生まれ変わる理由を3つ述べ、そのなかに「チープ革命」というものがあった。ハイテク産業では同じ性能のコンピュータ部品が驚異的な速度で安くなっていく。そうすると、コンピュータ部品はどんどん進化していく。この法則についてはしっかり書かれていたものの、梅田さんの言葉からはインテルの次世代Coreプロセッサの名前は聞かれなかったように思います。当時はむしろ「チープ革命」が停滞していたという時期で、インテルがいちばん苦しかった時期のひとつではないかと思われます。この時期、インテルは産みの苦しみを経験していた。Core 2 Duoの大変化はまだ実現していなかった。
インテルマイクロソフトのウィンドウズ(Windows)との堅固な協力関係を早くから打ち立てたこの半導体メーカは、世界中のコンピュータの半分以上を動かす心臓部分を作って約10年間「ウィンテル(Wintel)帝国」などと呼ばれてきました。とにかく、平家物語の「平家にあらずんば・・・」というくらいに強かった。なぜ世界中の人がそれを選んで使ってきたのか。Windowsです。
Windows XPは2001年から2007年まで5年以上にわたって販売されてきたオペレーティング・システムで、このあいだに生産されたコンピュータはほとんどWindows XPが動かしてきたと言えます。コンピュータの個人所有が当たり前になって以来、これほど長い間にわたって売り続けられたひとつの商品はほかにありません。そのように歴史的なオペレーティング・システムとなったWindows XPですが、実は見えないところで紆余曲折がありました。ほんとうは5年間も作りつづける予定ではなかった。つぎの新しいバージョンに主役を受け渡すはずだった。それはマイクロソフトが社運をかけて開発してきたWindows Vistaのことです。
2007年になってようやく一般向けに発売されたWindows Vistaですが、出てくるのが遅かった。名前が決まったのも遅かった。ずっと長い間、「ロングホーン」と呼ばれていたのですが、開発が予定よりもずっと遅れて、「ロングホーン」の「ロング」は開発期間が長いから「ロング」なのだとすら揶揄されていた。そうこうしているうちに最大のライバルだったアップル・コンピュータがiPodを大ヒットさせて得た資金をつぎ込んで、Mac OS X Tigerというオペレーティング・システムを発表しました。発売日について記者から聞かれて、スティーブ・ジョブズが得意げに言い放った言葉が印象に残っています。

"Long before Longhorn."

スティーブ・ジョブズのこの発言はウィンテル帝国をあざけ笑っているようでもあり、Windowsインテルがなくても世の中まわっていくのだと言っているようにも見えた。その後、アップルは大きな賭けに出た。インテルと手を結んだ。ウィンテル帝国が衰退をはじめたら、力を失いかけたインテルはなんとか自社の利益を確保したい。コンピュータの普及も進んで、これ以上多くの人にお金を払って買ってもらうことも難しい。そこでインテルWindows派だった一般ユーザがアップルのMacに乗り換えることを見込んで、アップルのためにCPUをひとつ提供することを決める。Intel Core Duo。2006年1月。
インテルはこうやって糊口をふさいできましたが、やはりいちばん気になるのはWindowsの新バージョン。2006年10月に企業ユーザ向けに発売され、2007年1月に出たWindows Vistaです。これが売れるかどうか、ウィンテル帝国の復活に関わることです。
結局、Windowsへの不安も解消されないままでCore 2 Duoが発売されたのは2006年7月。Windows Vistaの発売よりもだいぶ前でした。ところがこのCore 2 Duo、出てみればものすごい売れ行き。コンピュータ産業はひさびさのお祭りムードで、インテルは数年間のスランプを一気に解消してしまいました。多くの人が新しいWindowsの発売を前に、古くなってきた自分のPCの代わりとして、Core 2 Duoと出会った。
なぜCore 2 Duoは売れたのか? これについては深く考えてみる価値があると思いますが、ぼくが思うに、以下の理由が大きいのではないでしょうか。

  • 発熱が少ない
  • 消費電力が低い
  • ペンティアムとは比較にならないほどの高性能

これによって、動画の編集、オンライン・ゲーム、長時間のコンピュータ作業が前よりもずっと容易になった。たとえばYouTubeのような情報発信ツールがそこにある。大きな資本を投下することなく、自分が作った動画を世の中に発信できる。アメリカで生まれたサービスが日本人からも大きく支持された。「前にはとうていできないと思っていたことが、こんなにも簡単にできるようになった」と。日本には大きな文化的財産があります。テレビの映像、スポーツ、アニメ、ゲーム。これらの文化的財産を普通の市民が、自分の好きなように取り込み、生産して、世の中へ発信していく。誰でも動画を投稿できるYouTubeの大流行は大きかったように思います。
自分の好きなときに情報を発信することに、技術的な制約、経済的な制約がなくなれば、世の中は大きく変わる。テレビを見るよりもおもしろいことがある。動画を発信することに資格はいらない。文章も、写真も自由にインターネットに投げ込める。そこで反響があれば、お金になることも可能だ。そうすれば、同じことをつづけて、よりよい作品を発信するための基盤もできる。よりよい作品が世の中に出回れば、インターネットはもっと意味のあるものになる。そんな具合に考えました。
そして、グーグル。この巨大な検索エンジンの会社が、昨年ごろから、急激にサービスを拡大している。検索の速度もインデックス化の速度も急速に伸びている。これにもCore 2 Duoの影響が少なからず関わっていると言われる。Core 2 Duoが無名の表現者たちを強くしたのと同じように、グーグルを強くした。グーグルの情報発電所が強くなると、自分の発信した情報がより多くの人に、より早く、より正確に届く。それは見逃せないものがあると考えました。
(つづきます)