『パラダイス鎖国』という本が書店を通じてわたしの手に届いたその後の話

有楽町の三省堂書店に立ち寄ったら、『パラダイス鎖国』が平積みで並んでいた。これは読んでみたいと思って、帰りの地下鉄のなかで半分ほど読んで、帰宅してから残りを読み終えた。
読み終えた気分は爽快だ。
海部美知さんについては、あまりよく知らない。
きっかけはブログ記事。梅田望夫さんのブックマークでときどきTech Mom from Silicon Valleyというタイトルが登場するので、おもしろそうだなと思って見に行ったのが最初だったと思う。カジュアルな言葉づかいが印象的で、それでいて深くしみ込むような何かがあった。いくつかのエントリは本当に印象に残っていて、でもそれは言語的なものというより、非言語的なとある日常の場面といった具合で脳裏に焼きついている。シリコンバレーの若い家庭とはこういった日常の場面が積み重なった場所なのだろう、きっと。
わたしはまったく知らない人の著書を買うことはしないことに決めている。すでに著書を多数書いている人の紹介でなければ買わない。海部さんの場合、梅田望夫さんの紹介があったから、これは買って読むと即決した。そしてその期待は外れていなかった。たぶん、この本を読む人の多くは似たようなプロセスを経るのではないかと思う。
ところで海部さんが本を世に問うことによる弊害を心配したという話がブログのエントリにあった。

しかし、本はもっと怖かった。本を書くと、こうした同質コミュニティの安心感からさらに一歩外に出ることになる。新聞や雑誌などの紙メディアに広告や書評が載ったり、ブログに縁のない人も私の本を読むだろう。全く別の固定観念をもつ人が私の考えに憤ったり、的外れな方角から私を攻撃する人もいるかもしれない。双方向でないので、反論もできないし、賛同者が援護射撃をしてくれることもない。
「有名」になってしまうと、「有名税」というものがある。

たしかに有名税というのは、このあたりではよく聞かれる話だ。海部さんは実名でブログを長く書いているようなので、ある程度は有名税に馴れているのではないかと思ったが、ブログと本とでは話がだいぶ違うようだ。
わたしは海部さんの思い切りのよさに小さな声でも賞賛を送りたい。アメリカから日本に向かって「日本は住みやすい国」と大きな声で言い切る海部さん。日本語圏から飛び出して活躍する人たちのなかには珍しいほどの、日本語圏という共同体への信頼がしっかりと伝わってくる。しかもその言葉は浅はかではない。
とくに79年生まれのわたしにはよく見えていなかった、プラザ合意の前と後で日本がどのように変わったのかという話をホンダやNTTの経験したタフな生き残りを具体例に挙げていて、多くを教わった気がした。
パラダイス鎖国、という言葉にびくっとする人もいるかと思う。この本を読み進めると、それに負けないくらいのキャッチがつづいて来る。「ジャパン・ナッシング」「内なる黒船」「厳しいぬるま湯」「プチ変人」などだが、率直に言ってわたしにとっては80年代の海部さんの経験談のほうが印象的だった。なんというか、そこには海部さんにしか見ることのできなかったはずの風景が広がっている。それを本に書いただけでも、海部さんの仕事は十分伝わってくる。そしてその風景に、もう少し肉付けしてみたい、シリコンバレーの日常とはどんなものだろう、などと想像したくなって、わくわくする。
たぶんアスキー新書の人も、海部さんもそれ以上を目指してこの本を作り上げたのだろう。そうなればこの上ないが、そうならなくても十分よかった、ということをひとことだけ言いたくてこのエントリを書いてみた。