スロウ・キャピタル

(This is a translated version of "A VC" blog post. Thanks to Fred Wilson.)
先週の金曜日、わたしのパートナーのブラッドは、わたしたちのポートフォリオ会社「ミートアップ・コム」の社外での懇談会に出席した。今週の月曜日、毎週定例のミーティングのなかで、彼はわが社(全員で5人だ)に、その日のレポートを報告した。それは秀逸なものだったと彼は言った。それから今週中ずっとわたしの頭のなかにはひとつのことがめぐっていた。それはブラッドが例のランチ懇談会の席で、あるリーダー(名前はいま思い出せない)が「スロウ・ムーヴメント」なる言葉を話題にしていたと言っていたことだ。
わたしはかねてより「スロウ・フード」ムーヴメントには親しんでおり、とくにわたしの家族はゴサム・ギャルがそれを率先するかたちで積極的な参画者となっている。より広い意味でのスロウ・ムーヴメントにはそれほど親しんでいない。これは、ガットーム・フロイスタッドによる説明がウィキペディアに載っている。

唯一たしかなことと言えば、すべては移り変わるということだ。移り変わりの速度は増してゆく。もしあなたが取り残されたくないのなら、自ら速度を上げることだ。これがこんにちにおけるメッセージである。だが、わたしたちが基本的に求めるものは決して変わらないということも、みんなに言っておいたほうがいいかもしれない。この求めるものとは、みとめられ、感謝されること。どこかに属しているということ。人と近しく、気にかけてもらうこと。あとは少しばかりの愛だ。これは人間関係がスロウであることによってのみ、もたらされる。移り変わりを乗り越えるためには、わたしたちはスロウであること、じっくり考えること、ともに歩むことを再び手に入れるしかない。そうすればほんとうの再生を手にすることができるだろう。

いまではそれに準じた運動として、スロウ・トラヴェル、スロウ・ペアレンティング、スロウ・アート、スロウ・セックスなどがある。そのどれもが共通して掲げるのは、わたしたちはいままでの「さっさと終わらせ、次へ移る」というのではなく、スロウ・ダウンし、リラックスし、じっくり時間をかけて行動しようというアイディアである。
わたしはとくに教義じみたことに関心があるのではないが、スロウ・ムーヴメントの背景にある気性には感心している。今週中わたしはずっと、「スロウ・キャピタル」というのがあるとしたらどんなものだろうと考えていた。そしてもちろん、ユニオン・スクエア・ヴェンチャーズはスロウ・キャピタルを実践しているとわたしは信じている。スロウ・キャピタルの基本的条件として、こんなものが挙げられる。
1) 結論を急がず、アントレプレナーにもそれを要求しない
2) 投資者の希望ではなく、会社の希望にもとづいてそこに携わる
3) 小さく始め、会社とともに成長してゆく
4) 流動性を獲得するためのタイムテーブルを設けない。スロウ・キャピタルは辛抱するキャピタルだ
5) 時間をかけて、会社とそれを作り上げる人々のことを理解する
わたしはこれまで、キャピタルの市場には25年くらいいて、投資者たちの振る舞いを見てきた。そこでは、「ドタバタ」と散らかした挙げ句、さあ次の取引はとばかりに移って行くことが多かった。怒濤の契約提案、「座ったと思ったら飛び立つ」取締役、電撃結婚、といったことがごく当たり前だったから、いったい誰がいつカネを儲けているのかわからなくなるほどだった。
ウォーレン・バフェットがこの世代でもっともすぐれた投資者であるのには理由がある。彼はスロウ・キャピタルを実践している。そしてわたしも自信をもって、わたしの会社もそうだと言いたい。