1998年9月のLTCM:フランスCAC40とドイツDAX指数

8月、ロシアから広がった大混乱の全容は想像の域を出ていなかったが、9月にはついに全貌がみえてきた。市場は鏡に映る自分達の姿を市場の中に見つけることになる。LTCMの月次成績が公表されて、メリウェザーの書簡が発送されると、LTCMの話題で持ちきりになった。
デビット・モデストが振り返る。「われわれは8月を外性的な出来事と考えていたが、9月はLTCM自体に焦点が当たってきたと感じた。純資産を公表すると、人々は『なんてことだ。次には何が起こるんだ』と心配し始めた。彼らが倒れたらいったいどうなるんだろう、とね。われわれにとってあまりよくない事態であることは明らかだった」。
「8月に被った損失が思いがけないものだったとはいわないが、われわれが正しく認識していなかったのは、25億ドルを失った時点である意味ではゲームオーバーだったということだ。市場は25億ドルの損失の次に来るものを心配し始め、われわれには抵抗する術がなかったんだ」。
その後の3週間で、最終的にLTCMにとどめを刺したのは、マネー・マシーンを永遠に稼動し続けるために設計された絶対確実なメカニズムだったようだ。それは担保管理システムで、米国債を動かすためのパイプを世界中に張り巡らし、取引相手の口座に必要なだけ満たすというものだ。
LTCMの担保契約は他のヘッジファンドにとっては垂涎の的だったようだ。LTCMより存在感の薄いファンドに対しては、取次業務を行う投資銀行はすべての契約にリスク管理のしかけを組み込み、防衛している。
ファンドから拠出することを求められる通常の担保金額は、投資銀行が既存取引に対して負っているエクスポージャーに等しいのだが、それに加えて追加分が要求されるのだ。これは「ヘアカット」と呼ばれる、いわゆる担保掛け目のことである。既存契約の評価額が急激に低下した場合、ヘッジファンドは追加担保を拠出する前に破産してしまう。掛け目は銀行が担保不足に陥ることを補うものだ。
1億ドルの債券をレポで購入した場合を考えてみる。まず1億ドルの資金を銀行から借り入れて、債券を購入する。銀行がローン債権を保全するため、銀行にはその債券を預け入れる。仮に債券価格が下落すれば、銀行はローン債権を保全するため追加担保を求めることになる。
しかし、銀行は最初からヘッジファンドが1億200万ドルの価値がある債券を預け入れないと1億ドルを貸してくれない。掛け目はヘッジファンド自身が提供しなければならない200万ドルのことを指している。
1億200万ドルの債券価値が1億ドルを下回るまで、ローン債権は担保され、銀行にとっては損失に対するクッションの役割を果たしている。その余分な200万ドルはいったいどこから来るのだろうか。それこそ、投資家から調達しなければならない資本だ。
しかし、LTCMと数少ない選ばれたヘッジファンドはVIP待遇を受けており、掛け目分を支払う必要がなかった。このことはとくにスワップ取引には重要だ。両サイド合わせると時価評価額プラス・マイナス・ゼロから常に取引を開始できるので、LTCMはまったく担保を支払う必要がなかったのである。換言すれば、資本なしに無限のレバレッジを効かすことが可能だった。ポジションの評価額が突然変化した場合、取引相手は追加担保を要求する。LTCMは即座に米国債パイプラインの栓を開き、その口座に補給するのだ。
しかし、9月、マネー・マシーンが世界中で手ひどく叩かれ、LTCMのポジション評価額は猛烈なスピードで悪化してしまった。9月に入ってからの3週間で、ファンドは毎週5億ドル以上の損失を計上している。いまやLTCMに問題が発生したことは誰の目にも明らかだった。担保はいったいどこから調達してくるのだろうか。
その問題は、LTCMから長期物インデックス・オプションを購入していた者にとっては切実だった。1998年前半のボラティリティ中央銀行としての役割の中で、LTCMは莫大な量のオプションを売却していた。そのほとんどはフランスCAC40とドイツDAX指数だった。(『LTCM伝説』東洋経済新報社、2001年 373−375)
(From the translated version of "Inventing Money" pp.373-375. Thanks to Nicholas Dunbar.)

LTCM伝説―怪物ヘッジファンドの栄光と挫折

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