2002年のGEキャピタルとコマーシャル・ペーパー


ある人はシンプルにべつの誰かよりスマートであり、グロースは前者に属している。2002年3月、グロースの発行したニューズレター「インヴェストメント・アウトルック」が取り上げたものとして、ゼネラル・エレクトリック・カンパニーの財務諸表に見受けられる膨大な抜け穴(と彼が判断した)があった。アメリカ企業のなかでもっとも尊敬されている同社は、これまで剃刀のように切れる経営能力、たゆまない増配の点で不動の地位を固めていたが、グロースの指摘では「ウォーレン・バフェット率いるバークシャ・ハザウェイになり損ねている」という。グロースはGEが広く知られているような産業コングロマリットというよりもむしろ、寄せ集められた資本が利潤の機会を求めて飢えた獣のようになっていると表現した。バークシャと異なるのは、社外の投資家を受け入れず、ひとりの天才によって制御されているのに対し、GEの稼ぎ頭となっているGEキャピタルは上場企業の一部門にありながら、PIMCOのような機関投資家にコマーシャル・ペーパーを売ることで資金調達を行っている。GEキャピタルはトリプルAという格付けを得ているにもかかわらず、グロースはこう記した。「銀行の与信枠の3倍にも達するコマーシャル・ペーパーの発行残高を抱えているのは見逃せず、それに依拠している会社だ」
グロースはGEの企業構造について、自身の債務の重みによってつぶれてしまいかねない傾いた塔に見えると指摘した。GEのキャッシュはヘッジファンドのごとくレバレッジを利かせたものであるのに、そのキャッシュを元手に数え切れないほどの会社を買収してきた。それでいながら、バフェットのようなスキルと注意深さをもつ誰かの目によって買収案件が厳選されているのでもない。しかも、株はあたかもこの世でいちばん安全な企業に与えられる「ブルーチップ」の愛称で市場取引されている。PIMCOは今後GEのコマーシャル・ペーパーを保有することは「予見可能な将来にわたって」考えられない、とグロースは述べた。
GE自身と、証券会社のアナリストたちがいっせいに押し寄せてグロースの分析を叩きにかかった。グロースにしてみれば、そのような騒ぎは思いもよらないことだった。しかし、GEのコマーシャル・ペーパーのみならず債券も、売りが殺到する。それを受け、GEは声明を発表し、同社の債務残高を縮小すると明かした。世界中のエキスパートがグロースの分析にまなざしを向けた。ブルーチップのなかでもブルーチップらしいとされた会社がリスクの高いヴェンチャー・ファンドを抱え込んでいたうえ、そこにはウォーレン・バフェットジョン・ドーアのような名人も居なかった。将来の与信マーケットをするどく予見する人物がこうして世に知られたわけだ。
グロースは恐れるものを知らない目利きをもって、それがたとえ首位に立つ会社であっても見抜いてしまう。2000年2月末、「ザ・ビーチ」の名で知られるPIMCOが債券の買い付けに動いたとの一方が伝わると、メリル・リンチ、ゴールドマン・サックスベア・スターンズリーマン・ブラザーズといった機関のトレーディング・フロアではひと騒ぎになる。グロースがマーケットにやってきて、買いに回っていたのだ! PIMCOの競合各社はあたかも山火事のように、トレジャリー(財務省証券)、高格付企業、モーゲージ債を買い占めていく。数時間もすると、これらの債券価格は天井をつけ、国内の長期金利が安値をつける(債券利回りはその価格と反比例するので、価格が上がれば金利は下がる)。金利急落があると、株価の水準が高すぎて危険になっていると感じていた人たちは気が気でない。数日後、3月に入ると株式市場は新高値をもってふたたび帰ることのない下げに転じ、どこまでとも知れぬ恐怖の下げ相場に入った。(From the "The Bond King: Investment Secrets from PIMCO's Bill Gross."by Timothy Middleton, pp.5-6. )

Investment Secrets from PIMCO's Bill Gross (English Edition)

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