リーナス・トーヴァルズの言葉づかい

リナックス創始者であるリーナス・トーヴァルズのインタヴューを翻訳している。彼の話し方は特徴的だ。よく使われる言葉があって、これは「なくて七くせ」と言えなくもないけれど、同じ言葉を繰り返し使う頻度が尋常でないので、どうしても翻訳でつっかえる。

  • just
  • so
  • fairly
  • I mean
  • you know
  • kind of
  • quite often
  • basically

なんてことない、と言えばそうなのだが、同じ言葉が微妙に違った用途で使われているのを見ると、これは「やっかいだ」となる。この単純に見える言葉づかいには、彼の言葉で伝えきれない「思い」のようなものが感じられる。意味が特定されないものは飛ばしてしまえばいい、という考え方もある。たとえばyouとかtheyは実在しないから訳す必要がないとか。だが『キャッチャー・イン・ザ・ライ』の村上訳でyouを訳してみたらすんなり読者に受け入れられたとか、そういう話もある。
basicallyを「何よりもまず」と訳してみたのは、もちろん実験のつもりだ。ふつうはそんな訳し方はしない。音感がよくないからだ。リズムが崩れると「話しことば」としては意味の半分が失われる。だがわたしはリーナス・トーヴァルズが日常に使っているのが「話しことば」というよりも「書かれた話しことば」だと思った。日がな一日地下室に座ってキーボードで「話しことば」を猛烈に書きつづけるトーヴァルズ。一日に発することばのうち半分以上がキーボードから発せられているとすれば、これはもはや新しい言語活動だろう。そこで求められるのはリズムよりも、風通しのよさではなかろうか。多少文が長引いても、ことばの塊がはっきり見えていれば、だいぶ日持ちするだろう。つまり、再読に値する。これはこのあいだのfinalventさんのエントリにあった「ポトフのお肉のように」という考え方に刺激された。finalventさんのは翻訳の話ではなかったけれど。
それからI meanを「つまりね」と訳してみた。極端にいえばこれは「ね」でもいい。だが彼は同意を求めているというより、自分に納得させるために「つまりね」と言っているらしい。うまくいえないことばを言い直すときに使われるI meanだが、これが彼の場合あまりに頻繁に出てくる。たぶん、いい意味で几帳面なのだろう。となると、もうすこし軽く「だから」とか「それで」といった順接の接続詞でもいいかもしれない。正直I meanはよくわからない。文学作品ではほとんど見かけない。新聞記事でもほとんど見かけない。
あと、quite oftenとfairlyの使い分けの規準があまりわからなかった。
いずれにせよ、わたしの訳案が唯一のものではない、ということだけははっきりしている。
追記
事実誤認があった。「何よりもまず」はbasicallyの訳語として使ったのが正。justと書いたのを訂正した。