いまさらだけれど「英語で読むITトレンド」を読む(2)

ウェブ時代 5つの定理』を読み了えた。例によって何度も読み返すことになると予感。ラリー・ページとマリッサ・メイヤーの金言が新鮮だった。落ち着いてから何か書こう。
昨日にひきつづき「英語で読むITトレンド」を読んでおもしろいと思った記事をメモしてみる。

アンディ・グローブという人は、本当にもの凄いオーラをいつも周囲に発している人らしい。
インテルの日本法人に長く勤め、今はシリコンバレーニューコアテクノロジーという半導体ベンチャーを創業した渡辺誠一郎さんがこんなことを言っていた。

アンディ・グローブの半径数メートルの空気は、いつもぴりぴりと怖いくらいに張り詰めていた。そしてそのみなぎる緊張感が波状に伝わり、インテル全体を覆っていました」(「日本のモノづくりは死なず」より)

と、梅田望夫さんにとって「シリコンバレーでいちばん尊敬する経営者」アンディ・グローヴの話が紹介されている。グローヴはインテル創業者であり、インテルをマイクロプロセッサに特化した企業に仕立て、その分野で世界一に育てたということで知られているらしい。そのグローヴの人物像は、近づくのも怖いほどの緊張感がみなぎっているというもの。
それから、アンディ・グローヴは紆余曲折の末、東海岸から西海岸へやってきて、そこでサン・フランシスコに魅了される挿話が紹介されている。

亡命してアメリカにたどりついてから、アンディがアメリカという国の懐の深さに感動していく後半部分のほうを、僕は特に、興味深く読んだ。最後の章の中で、東海岸から、大学院に進むためにサンフランシスコ・ベイエリアに車でやってくるくだりがある。

「I fell in love with San Francisco Bay Area from the moment I drove through a tunnel north of San Francisco and saw the city glittering in the sunshine. It was everything Professor Kolodney had suggested it would be. It was beautiful. It was friendly. It became home. I've lived in the Bay Area ever since.」

アンディは、苦労しながらニューヨークの大学で勉強しながらも、ニューヨークが好きになれない。Professor Kolodneyに、ニューヨークは寒いし雨が多くて汚くて嫌いだ、と愚痴をこぼす。故郷のブダペストの美しさが懐かしかったのだ。
そうするとProfessor Kolodneyは、ならばサンフランシスコに移ったほうがいいかもしれないな、とアンディに言う。それが頭を離れず、アンディは結局サンフランシスコにやってくる。そのときのシーン。僕の大好きな文章である。

ニューヨークで移民としてはかなり成功したように見えるアンディ・グローヴだが、それでも自分の身体に合わない気候をいち早く察知し、故郷に似た地形のサン・フランシスコと出会うきっかけを得る。この話を聞いて、グローヴとは尋常ではなく「生き残り」への執着が強い人物だという気がした。
ぼくはこのアンディ・グローヴについてより多くを知りたいと思った。梅田さんの『ウェブ時代をゆく』で大事な書として挙げられていたOnly the Paranoid Survive (Currency Book, 1996)をアマゾンで注文してみた。するとグローヴ自身の顔写真が表紙になっている。ぱっと見たところ、優しそうな顔に見える。副題はこんなものだ。

How to Exploit the Crisis Points that Challenge Every Company

「あなたの会社を試す重大局面を好機にするために」と訳してみた。あまり訳案に自信はないが、グローヴが単に自分語りをするために書いた本ではないということはわかる。自分の経験した重大局面を誰にでも起こりうるものだとしてEvery Companyという言葉を選んだのだろう。これは「あなたの会社」と訳してもいいかもしれない。読み手として自分も他人事ではないのだと気づかされ、つい背筋を伸ばして読みたくなるような本だ。いまのところ部分的にしか読んでいないが、これは何度も読み返すだけの深い内容が書かれていると感じた。とくに

  • "Entering Our Strategic Inflection Point"
  • "Helpful Cassandras"

の2つのセクションが興味深い。とくに前者で語られる日本のメモリ生産が1980年代に追い上げてきたときのグローヴの冷静かつ公平な視点での評価がすばらしい。
それからグーグルの話があったので読んでみた。

この集まりは、毎月第1水曜日の夜に開かれる。
シスコがビルの一部を解放して、Linux Users Groupに使わせてくれるのである。
テーマは、

「How to build an internet search engine that indexes several terabytes of data, over 3 billion web documents, and serves it up at a rate of thousands of requests per second. (Hint: Start with a farm of 10,000+ Linux servers). The technology behind Google: company overview, search parameters and results, hardware and query load balancing, Linux cluster topology, scalability, fault tolerance, and more.」

「IT産業に迫る「価格破壊の10年」」の中でも触れた、Googleのカネをあまりかけない斬新なシステム構築の考え方についての技術的詳細を、 Chief Operations EngineerのJim Reeseが聴衆に説明し、かなり突っ込んだ質疑応答が行なわれたのだと思う。

これはリナックス・ユーザ・グループの集まりで、グーグルのジム・リースが何か話したという場面だ。内容がわかったほうが話が早いので、英語の引用部分を翻訳してみる。
数テラバイトのデータ、30億以上のウェブ文書にインデックスをつけ、毎秒数千件という率での検索を右から左へ流すようなインターネット検索エンジンをどうやってつくるか。(ヒント:10,000台以上のリナックス・サーバ群を用意することです)グーグルの奥にあるテクノロジとはこんなものです。企業情報概要、検索パラメータ、検索結果、ハードウェア、要求ロード・バランシング、リナックス小集団の配置、スケーラビリティ、障害耐性、その他。
これが2003年の春にシリコンバレーで大きな話題になったらしい。グーグルという名前が知られていったきっかけは、あんがい地味なものだったのかもしれない。想像してみると、シスコのビルの一室を借りて会社帰りに集まったリナックス開発者たちがジム・リースという大物に遭遇して「グーグルはなんだかすごいぞ」「あいつ、本業は医者なんだってさ」などと話し合って、それがブログ界に流れて伝播していったということなのだろう。梅田望夫さんがこの集まりの知らせを聞いたのが「英語で読むITトレンド」のコメント欄だったというのも印象的だ。
話はそれるが、グーグルのサーバがいまどうなっているのか、これは多くの人が関心を持っていることだろう。しかしグーグルの内部にいない人間にとっては、実際にそれを目にすることはできない。グーグルは公開する情報の多い企業だが、どこにデータセンタがあるかといった公開しない情報については厳重秘密にされているようだ。小学生がパン工場や自動車工場を見学するようには気軽に公開できない事情があるのだろう。ごく限られた人が、ごく限られた人に明かした情報から、推測を含めて言語化して広く読まれる記事にするくらいしか方法がない。そのような記事を見つけたら、できるだけ翻訳してみたいと思っている。
この日の「英語で読むITトレンド」の記事で紹介されているニューヨーク・タイムズの記事も興味深い。

2003年4月の時点では登録した会員にしか読めなかったようだが、2008年2月29日現在では会員でなくとも読めるようだ。これはとても好ましい。
ぼくの場合、少し昔の記事を掘り返してみるという作業が、わりあいに性に合っているのかもしれない。ブログの歴史的資料価値というものはこれから考える機会が増えるのではないか。ブログはつながる速さで革命を起こしたと言えるかもしれない。だがそれだけではない新たな利用方法というのは今後十分に検証される価値のある話題ではないかとひそかに思っている。
梅田さんが「英語で読むITトレンド」で成し遂げたことは非常に大きい。ひとつには知的生産の道具として、ブログのひとつの用途を問いかけたこと。もうひとつは、ウェブ上での参照文献としての価値を残したこと。
このブログを読んでいて『ウェブ進化論』や『ウェブ時代をゆく』で語られていることと重なることがいくつか見当たった。だが「もうその話は聞いた」とは思わなかった。理由はたぶん、それが未確定な情報だからだろう。なるほどそういう過程があったんだなと学ぶことができた。
たぶん、住み分けがあるのだろう。新書にしても、単行本にしても出版される本にはある種の確定性は求められるのが一般だ。ウェブ上でも進行中のできごとはWikipediaには書かず、掲示板やブログに書くという住み分けができつつあるように、確定性を持たせたい情報にはブログにはまとまった量を投稿するよりも、出版される本に書いたほうが効率がよい。だが出版することによって情報が確定したからといって、未確定な情報としてのブログの歴史的資料価値はそれほど減らないのではないかと思った。
もう少し「英語で読むITトレンド」を読みつづけてみたい。