aki1770の理由

これはさいごまで言わないでおこうかと思ったのだけれど、気が変わったのでひとことだけ。
1770というのはわたしの生まれた年ではありません。1970の間違いでもありません。
これはこの曲を書いた人の生まれた年なんです。

なぜこの人の生まれた年が、ここで出てくるのか。それはこの曲の最後に組み込まれた、「歓喜の歌」が、なにか自分の奥深く眠っていたものを目覚めさせてくれたように感じたからです。

あるいはこの歌の呼びかけているメッセージに、偏ったものを感じとる方もなかにはいるかもしれません。それはわたしの個人的な思い入れを越えたところにある、安易に決めつけられない大事な問題として尊重します。それについては、わたしには答えがありません。
ただ、ふと思いついてこの歌をユーチューブで聞いてみたとき、なにか勇気をもらえたような気がしたのです。それはふだん使うことのないことば、ふだん思い浮かべることのない風景、ふだん敢えて口にすることのない感動、そういったものを井戸の底から引き上げてきたような気持ちになったのです。
わたしにはそれを人に強要するつもりがないので、言わないでおこうと思いました。
ベートーヴェンという人がなにを思っていたのか、わたしにはあまり知識がありません。この歌の原型となった詩の、シラーという詩人がなにを思っていたのか、それもあまり知りません。ただ、そこにできあがったものが、一人の人の作品としてではなく、人から人へ、かたちを変えながらも長いあいだ、消えることなく受け継がれてきて、それがわたしのいま聞いている、ベートーヴェンの最後の交響曲の最後を締めくくる、合唱なのだと思えば、なんだか不思議な気がして、自分が自分でないような、それでいて自分が自分以外のなにものでもないような、なにか無重力空間にいる無名の宇宙飛行士のような気分になるのです。その宇宙飛行士がなにかをつぶやいても、それは空気がないのでつぶやいた瞬間に消えていってしまうかもしれない。自分にすら聞こえないかもしれない。誰にも聞かれないまま、消えていってしまうかもしれない。だがそのつぶやきは、すくなくとも誰かがどこかでつぶやいたことのあるひとことで、そのひとことはその無名の宇宙飛行士がつくったことばではなく、そのことばには発明者などいなくて、その出所はどこか、原著者を明らかにせよ、と訊かれても答えることはできない。ただ、この無名の宇宙飛行士がつぶやいたひとことが、なにかを変え、なにかを受け継ぐ。それがどこにも響かなかったとしても、無重力空間でかき消されたとしても、それは必要なことだった。そんな気がしてきます。
わたしがここでなにを言おうと、言わなくとも、それはこの空間のなかで、消えていくことに違いはないと思います。ただ、それを言わずにはいられない。そう思うということ自身に、なにか意味があるような気がします。
インターネット空間は、なんだか無重力空間に似ているところがあるなあ、とふと思いました。それから、関係あるかどうかわからないけれど、音楽というのは存在しているようでいて、どこにも存在していないものだから、これもどこか通じるものがあるような気がします。ただ、わたしはあまり筋道を立てて考えるのが得意でないので、なんだか通じるなあ、とかなんだか似ているところがあるなあ、というくらいにしか言えません。このかたちのない、存在しているようでいて、どこにも存在していないものに、すこしでもかたちを加えようとする、それはいまも昔も変わらずに通じるものがあるかもしれない。楽譜を読み、オーケストラが並んで、指揮者がいて、合唱団がいるのをみれば、それが音楽そのものだと思えてくる。でもそれは、どれも音楽ではありません。とりあえず音楽を結びつけているものにすぎない。いつかは消えてしまうものばかりです。ではなんのために、音楽のためにこの人たち、このものたちは集まっているのでしょう。わたしにはわかりません。でも、集まることに何の意味があるかはわからなくとも、集まることに何かの意味はあると思って集まっているのではないかと思います。そこに意味を加えることのできる人が誰かいるのかもしれませんが、わたしにはとくに必要とは思われません。必要なのは、結びつけようとすること、そこに自分がいること、そこにいることを自分の声でもって示そうとすること、それくらいしかないように思います。ベートーヴェンのこの歌を聞いていて思ったのは、そんなことでした。
ここでわたしにできることは、そんなに大きなことではないかもしれない。誰にも気づかれないまま、消えていってしまうかもしれない。それどころか、ここに書き込んでいることばはほんとうに自分の声なのか、確信がもてないかもしれない。それでもここにいて、結びつけようとすること、そこに自分がいること、そこにいることを自分の声でもって示そうとすること。たとえ無名の宇宙飛行士だとしても、それくらいはできそうな気がします。