バーゼル委員会の指針と1998年6月の日次ドル・ボラティリティ

大銀行が従っているバーゼル委員会の指針によれば、VARリミットの重大な超過は、即座にポートフォリオのクッションとしての資本増強か、ポジションの減額を行う必要がある。
ヘッジファンドであるLTCMはこれらのルールに縛られることはないが、グリニッジの会議室に集まっている熟練したトレーダーたちはそれらが健全な原則に則ったものであることをよく知っていた。逆立ちしたピラミッドを支える資本という名の支柱は、15%減少した。構築物は、さらに支柱が15%減少し、細くなっても立っていられるだろうか。
主要メンバーはピラミッド、いうまでもなくLTCMのポジションを予防措置として削減することに同意した。ファンドの日次ドル・ボラティリティは、4500万ドルから3500万ドルに削減された。しかし、どうやって。このドル・ボラティリティという数字は、VARと同義だが、各ポジションのドルベースのサイズをボラティリティで乗じたもので、たくさんのマネー・マシーンの複合的効果を合算したものだ。
マネー・マシーンのいくつかは、オン・ザ・ラン/オフ・ザ・ラン米国債取引のようにごく単純なものだ。他は、スターリングポンド/ドイツマルクのフォワード・スワップ・スプレッド取引や、長期のインデックス・ボラティリティのように、洗練され解体するのが難しいものである。問題は、LTCMの五月と六月の損失はどの程度重大なものなのか。マシーンを構築するために使われたモデルに何か錯誤があるという証拠はあるのか。
これは古くて新しい統計学上の課題だ。アシスタントに手伝ってもらい、犬の集団の身長を計測することを考えてみよう。ほとんどの犬は1フィート(30.48センチメートル)だとする。だが、平均の標準偏差を計算しようとすると、誰かが20フィートの犬を計測したことに気づく。統計学用語では、このように通常の分布から大きく外れた標本を異常値(アウトライヤー)と呼ぶ。
ソロモン時代のメリウェザーのチーフ・クオンツで、LTCMの主要メンバーだったビル・クラスカーは、学会で働いていた頃はこの分野を専門としていた。金融では、一連の日次や月次のプライスリターンは犬の集団に似ている。分布から飛び出したデータを無視するのだろうか。危険なのは、このことは1987年10月のような暴落を20フィートの身長の犬と同じように無視することになるという点だ。(『LTCM伝説』東洋経済新報社、2001年 346−347)
(From the translated version of "Inventing Money" pp.346-347. Thanks to Nicholas Dunbar.)