クロス・カレンシー・スワップの成立と1981年のIBM

海外進出がスタートして、アメリカの銀行家たちがあることに気づいた。それは、貸付金利に大きな違いがあることだった。例えば、ドイツのフォルクルワーゲン社がドイツ・マルクで借り入れをした場合、同じ借り入れでも米ドルで借りる時より低い金利で資金を調達できているという事実だった。これは、アメリカの企業にも同じことがいえた。例えば、IBMが米ドルで資金調達をした方が、他の通貨で借り入れをするよりも低い金利で資金を借りることができていた。
これは、貸し手になる銀行が海外企業のクレジット管理を行うことが難しいために、比較的高めの金利を海外企業に課していたからだ。例をあげて説明してみよう。フォルクスワーゲン社がフランクフルト市場では5%で借り入れできるが、ニューヨーク市場では10%の金利を支払わないと資金が手に入らない。IBMにも、同じようなことがいえる。例えば、両社が数億の資金調達計画を持っているとする。
両社とも、海外支店の拡張を計画していたため、借り入れは外貨を希望していた。このような場合、銀行がこの両社の長所を組み合わせて、両社の望みがかなうような提案書を作成する。その提案書には、自国通貨で借り入れをして、その通貨を希望する通過にスワップするよう書かれることになる。IBMがニューヨークで1億ドルの借り入れを5%で行い、同時に、フォルクスワーゲン社がフランクフルトで1億ユーロを5%で借りる。仮に為替レートが1対1の比率であれば、両社は同じ金額を借りたことになる。
そして、フォルクスワーゲン社は、アメリカ企業から5%のユーロ金利を受け取り、ローンの返済に回すことができる。フォルクスワーゲン社は、同時に、5%の米ドル金利をIBMに支払う。これで、両社共に10%の金利を支払わなくてもよくなる。
このような取引を成立させることができれば、誰にとっても損ではない。この仲介をする銀行は、両社から手数料を徴収する。為替変動リスクを考えなければ、好きな通貨で借り入れができて、しかも、割安となる。自国通貨で借りて、その資金を必要な外貨にスワップするだけで済むのだ。
しかし、これだけうまい話にも欠点がある。特に、アメリカ企業にとっては、会計制度に基づいて、借り入れ内容をバランスシートに計上する義務がある。そうすると、外貨借り入れによる節税効果が失われてしまう可能性がある。
そこで、銀行が考え出したのが、オフ・バランスシート商品だった。つまり、バランスシートに載せなくて済むようにしたのだ。数名の弁護士たち以外に、その契約内容を公開する必要がない商品を銀行が開発したのだ。それが、クロス・カレンシー・スワップ(通貨スワップ)と呼ばれる商品だ。
当時、ウォール街を代表する証券会社で、唯一このデリバティブに関心を寄せていたのがソロモン・ブラザーズだった。ゴールドマン・サックスモルガン・スタンレー、それに、メリル・リンチなどは、グラス・スティーガル法を存分に利用して投資部門に力を入れるだけに留まっていた。
1981年、ソロモン・ブラザーズは優良顧客のIBMと世界銀行の間でこのクロス・カレンシー・スワップ契約を成立させた。この契約では、IBMが米ドルを支払い、世界銀行がスイス・フランを支払うというものだった。そして、ソロモンはこのスワップ取引の全貌を市場関係者に漏らしたのだ。おそらく普通銀行を意識してこの行動を取ったのだろう。この取引に関心が寄せられ、スワップ市場は急速に成長を遂げることになる。(『LTCM伝説』東洋経済新報社、2001年 128−130)
(From the translated version of "Inventing Money" pp.128-130. Thanks to Nicholas Dunbar.)