LTCM危機に学ぶ(2)

LTCMはブラックーショールズのオプション理論に基づいて、コンピュータが消滅を予測する証券価格のわずかなミスプライシングに注目して、世界中の債券に投資していた。ショールズはこの業績でノーベル賞をもらった人だ(死んでいなければブラックも受賞していただろう)。ショールズのノーベル賞ロバート・マートンとの共同受賞である。やはりLTCMの首脳陣に加わっていたマートンは、基本的には、すべてのリスクを排除することができると主張していた人だ。ソロモン・ブラザーズの債券トレーダーとして(議論の余地はあるが)立派な業績をあげたことのあるジョン・メリウェザーを加えると、ある報道記事の呼び方によれば、「20世紀最良のチーム」が完成する。LTCMの投資運用利回りは、初年度の1994年に20%、2年度43%、3年度41%にも達した。
しかし、このヘッジファンド流動性危機に陥ったのである。第一に、基本戦略そのものが狂い始める。数多く発生した狂いのうちから一例を挙げれば、財務省証券の30年物よりも利回りが5ベーシスポイント高かったので、29年物を大量に買い込んでいた。これは理屈に反することなので、同社は30年物をショートにして、5ベーシスポイントの差が消滅するのを待った。ところがそうはならず、15ポイントにまで差が拡大するという驚くべき結果になってしまう。さらに不吉なことに、1997年にはアジア危機でエマージングマーケットが大きな打撃を受け、1998年にはブラックやショールズも考慮していなかったロシア国債のデフォルトという事態が発生する。突如としてLTCMが保有していたエマージングマーケットの債券はほとんどすべての取引が極端に細る。だれも買いたがらないのである。困難というにとどまらず不可能という事態に陥ったのは、『フォーブズ』誌の試算によると、このヘッジファンドではポートフォリオレバレッジ比率(債務比率)が240倍と驚異的な水準に達していたからである。追い証の要請があっても応じることができない。なかでも29年物財務省証券の見込み違いで発生したロスを消そうにも、流動性がなくなってしまった債券はまったく売ることができない。1998年秋、混乱を収束するために財務省とFEDが介入して、36億ドルもの税金を使ったのである。(From the translated version of "The Bond King: Investment Secrets from PIMCO's Bill Gross" pp.191-192)
(『債券王ビル・グロース 常勝の投資哲学』東洋経済新報社、2004年 191−192)

債券王ビル・グロース 常勝の投資哲学

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