インデックスが大きく変動する時には、デルタ・ヘッジだけでは十分ではない

ストラクチャード商品はみなが望む商品そのものであった。安全弁としての国債が付いたインデックス・コール・オプションには今まで株式を敬遠していた人々も飛びついた。定年間近い高齢層にとっても、また株式に手を染めるのは恐ろしいと考えている人にとってもなるほどと思わせるものがあった。人々はUBSのような金融機関から直接その商品を買うのではなかった。通常、保険会社や貯蓄銀行が一時に二、三億ドルといったホールセール・ベースで買い、それを小売用にパッケージし直し窓口宣伝やカタログ宣伝をして売るのだ。この商品はまずイギリスで売り出され、すぐにヨーロッパ中に広まった。
当初の典型的な商品は、投資家に対して元本を100%保証するとともにFTSE100のようなインデックスの5年後の上昇分を約束するというものだった。ポートフォリオ保険を活用していた1980年代のアメリカの投信とは違って、ヨーロッパの保険会社は、その商品を購入した顧客に対する支払義務に間違いが起きないよう、金融機関との間で法的に拘束力のあるデリバティブ契約を結んでいたのだ。
しかしこうした商品をホール・セールで販売する投資銀行はどうなのだろうか。彼ら自身はどうヘッジしていたのだろうか。国債は直接保険会社へ売られていたし、そこにはリスクはなかったのだ。しかしインデックス・コール・オプションの場合は違った。ゴールドシュタインとGEDのトレーダーはオプション理論の原点に戻って問題を取り扱った。彼らはデルタ・ヘッジングから始めたのだ。
第4章で触れた、ステファン・ロスがルビンシュタインやジョン・コックスと一緒に開発した二項モデルを思い出して欲しい。インデックスがある木の枝分かれの部分で上がるか下がるかする時、次の枝分かれ時点でランダムに出てくる結果によって複製したポートフォリオ(オプションと対象資産を加えたもの)が影響を受けないように、オプション・トレーダーは妥当な額のインデックスを売買する必要がある。
このようにコール・オプションをデルタ・ヘッジする時、トレーダーは、上昇時にはインデックスを買い、下落時には売る操作をすることにより、追い付きゲームをやっているのだ。こうしたやり方では、オプションの全期間を通して見ると必ず損を出すことになる。というのもこれは単にオプションの裏返しそのものだからだ。裁定機会が存在しない効率的市場を前提とすれば、二項モデルにおけるすべての枝分かれ部分を累積することにより計算される損失合計額は、オプションのプレミアム金額と同じにならなければならない。
しかしインデックスが大きく変動する時には、デルタ・ヘッジだけでは十分ではないことをルビンシュタインは実体験で学んでいる。こうした大きな変動はすでに売られたオプションの価値を大きく上げることとなる。これはオプションにはその価値が上昇する際にはリミットがないが、下落にはリミットがある、という上下均衡的でないことがその理由である。しかるにインデックス・ポートフォリオは、そのインデックスが変動するのに比例して上下動するため上下均衡的なのである。
だからデルタ・ヘッジは曲線を直線でなぞるようなものだ。曲線の曲がりが増すと、つまりインデックスの急激な変動がその価値を変える時、デルタ・ヘッジでは用が足りなくなってしまう。これに対する答えはヘッジの道具に曲線も含めてやることだ。言い換えると、オプションを買うことである。オプション・ポートフォリオの曲線性はガンマと呼ばれ、これに対するヘッジをガンマ・ヘッジと呼ぶ。
エマニュエル・ダーマンはこれを次のように上手に表現している。「オプション軌道の曲線度、つまりガンマが大きければ大きいほど、オプションのドライバーはその動きに合わせてより急角度でハンドルをきらねばならない」と。(『LTCM伝説』東洋経済新報社、2001年 291−293)
(From the translated version of "Inventing Money" pp.291-293. Thanks to Nicholas Dunbar.)

LTCM伝説―怪物ヘッジファンドの栄光と挫折

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